夫との会話の中で人生・仕事でのキャリアに不安を抱える社員の話が話題に上がりました。
10代には10代の、20代には20代の悩みがありひとつ解決しても歳を重ね別件でまた悩む。
悩みを抱える本人にとっては最適な答えを最短で出せず悩み続けるのは苦しい状況かもしれません。
でも私には成長中の株価のように見えたのです。
成果を出したい、評価されたい、何者かになりたい。他者からの評価や結果を求めるのは健全なこと。
他人から見たら大したことのない小さなことだったとしても悩み、疑問を持ち思考することはとても人間らしい行動だと思います。
リスクを負わず失敗を避け最短で結果を得られるならコスパは良いのでしょう。
でももし、自分の能力などが数値化されそれにあった職業(将来)が他人や機械に決められるとしたならば・・
道が用意されていて簡単?、考える必要が無くなり楽でしょうか?
例えば、自分の親と同じ生き方が正しいと幼少期から刷り込まれ疑問を持たずそのまま成長したとする。
同じ生き方を選択して「良かった」と思う人もいれば、成長と共に情報が増え周りと比較し「あれ?、なんか違う!?」と感じる人もいる。
選択肢を与えられていたようで選択肢を狭められていたとも捉えられる。
結果、選択肢があっても選ぶのが難しいと悩み、選択肢が少ないと選択肢の多い人を羨むのではないでしょうか。
人間だからこそ見えない先に悩む。何かに疑問に感じた際に思考を止めてスルーするよりも思考し続ける方が人間らしい。
悩み続けることは辛く、モヤモヤの理由を言語化するのは難しいですが、”思考”というのは人間に与えられた己の可能性を広げる手段のひとつだと思います。
まさに「考える葦」!
状況を変えたいと悩む=思考している=発展途上!今は経験を積んでいる途中。
年齢=経験の量とは限らない。年齢関係なくその都度思考し続けることが大事なのではないかと思います。
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