この世に生まれてから常に何らかの組織に属しています。家族、友人、会社、大きく捉えると日本社会の一員として。
大学進学まで実家暮らしだった私は成長するにつれて見えないルールに違和感を感じるようになりました。
組織に属する必要性に違和感を感じ始めた学生時代
大学進学で上京し、私と同じように地方から出てきた同級生もたくさんいて同じ日本でも少しの多様性を感じて嬉しくなりました。
まるで日本から海外に留学したかのような、そのぐらい強烈な印象を受けました。同じ日本人、日本語なのに服装も自由で髪型・髪色も皆様々、ただそれだけのことがとても新鮮でした。
中・高校までは制服があり、髪色はもちろん黒!パーマなども禁止。朝服装で悩む必要がないという点ではメリットでもありましたが、その一方、団体という箱の中に入り、精神までも閉じ込められた気がして少し窮屈さも感じました。
学生時代を生存するコツは仲良しグループに属すること
制服以外に窮屈に感じたこと、それは、似たもの同士が集まって結成されるグループ。
自分から積極的にコミュニケーションを取るのがあまり得意ではない私は気がつくと、ある特定の女子6人グループの一員で、授業の合間の休み時間、お昼休み、そしてトイレに行くときも常にグループの誰かと行動を共にすることが日常に。
グループに属していないと世の中を無事生き残れないようなそんな雰囲気。生まれてからずっと何かに属し、はみ出すと変わり者に見られることがあるので、生存するためには悪目立ちしないよう、普通に生きることを親や教師から求められていたように思います。
芽生え始めた違和感
少しづつ疑問を感じるようになったきっかけは、グループ外の人と話している際に向けられた冷たい視線。「あの子は〇〇だから話さない方が良いよ」と言われたことも。
その人個人で見るとなんの害も無い同級生、実際に話してみると誰かの悪口や噂話をしているグループ内の子たちよりも楽しくて。なぜ、会話したい相手すら自由に選べないのだろう、同じクラスメイトなのに。
見えない雰囲気、根拠なきルールに違和感を感じつつ、まだこの時点ではそれを言語化できるほどの情報が足りていませんでした。
外の情報を知り、違和感が確信に
大学を卒業し社会人になったことで新たな人間関係、組織に属することに。上司、先輩、同僚、後輩など日本人の退職理由の常に上位に上がる項目、人間関係。
年代、未婚・既婚、子供の有無など、学生時代とは違った基準で社内でもグループ化が見られました。悩みが似ているもの同士でしか分かり合えないのもまた事実。
在籍する組織に自分を合わせる
学生時代〜社会人の間、グループには誰かしらリーダー格の人が居て、その人と似た雰囲気を身につけるたり、その人の発言に賛同しないと生存できないかのような暗黙のルールがありました。
他の人と意見が違ってもその雰囲気を打ち破る勇気はなく、頭の中に浮かんだ言葉を自ら消し去り、空気を読むことを第一に徹しました。その方が悪い方には進まないので。
「空気を読む」というスキルが必要だと知った社会人生活、自分の思考と行動の差に戸惑い、限界を感じ、会社という団体、組織から離れることにしました。
新しい出会いと本当の多様性
会社員を辞め、「新しいことを始めてみたら?」という夫の一言がきっかけで始めた語学学習。
そこで出会った諸国の先生方。以前の記事にも記載しましたが、先生との会話では「何に興味があるのか?」、「それはなぜ?」、「どうしてそう思ったの?」と聞かれることが多く、年齢を聞かれたことは一度もありませんでした。
相手の好きなものが分かれば共通の話題ができる、共通の趣味であればさらに話を広げることができる。この話題は人種、年代、性別関係なくとってもシンプルですよね。
私がしたかった会話、築きたかった関係性はこれだったんだ!、今までなんて視野が狭かったのだろうと頭の中の霧が晴れてきたような気分。
多様性への憧れ
長い間感じていた違和感に気づき、自分の望む姿が少しづつ分かってきました。
人種、年代、性別関係なく相手を個として認識し、会話をしたい相手と会話をしたり、違いを個性と捉え共存できる世界。
違いが多ければその分ルールが必要であったり、差別があるのも事実だと思います。それでも、思考や発言、身なりまでも統一させられる組織に属するより生きやすいのではないかと個人的に思います。
それを望むのなら相手を個として見る、自ら偏見を持たずまず自分が変わらなければ!
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