「嫌われる勇気」出版から10年以上経過しているベストセラー
その存在は知っていたものの、
タイトル通りの内容なら受け入れられるだろうか・・と思い
なかなか読む機会がなかったのだが数年経っても内容が気になり手に取ることにしました。
この書籍以外に何冊も読むほど心理学は元々好きなジャンルで
それを考えると遅かれ早かれこの本に辿り着いていたのかもしれない。
少し話が逸れてしまうのですが、
10代くらいから心理学に興味を持ったきっかけが二つあり
一つは同級生(当時中学生)の「人が何を考えているか分かったら良いのに」という何気ない一言。
芯が強いと思っていた彼女からの意外な一言に驚いたのと、
言葉には表れない考えもあることを知った瞬間でした。
確かに瞬時にそれを把握できれば彼女の役に立てるのではないか、と子供ながらに思った記憶があります。
もう一つは、
身近にいる大人の行動と発言に違和感(乖離)を感じたこと。
これは日本にいる人の多くが感じたことがあるのではないかという
成長と共に空気を読みながら学ぶ文化の一部ですね。
大人になるにつれ、その文化を当たり前のように引き継ぐ人もいる中で
10代の私はその乖離に疑問を感じて見過ごすことができず、
周りの大人たちの行動を言語化しようとしてしまった。
口に出さない方が良い内容を学び中の私から
家族なら理解してくれるんじゃないかとポロッと出てしまったのが
「人はみんな自分が大事なんだね」という一言。
その場にいた家族のドン引きした表情、
「冷たい人間だな」という返答が今でも思い浮かびます。(トラウマ?)
「みんなそういう行動をしているのに・・」とはさすがに言い返せなかったのですが。
発言と行動、どちらに真意があるのか困惑しながらも
発言よりも行動の方が正確性が高いと思っていたのか、
今振り返ると、家族(特に母親)がそんな私に違和感を抱き始めたのもこれがきっかけだったのかもしれません。
そのような幼少期を経て空気を読むことを学びつつ成長するも
どうして同じような思考が引き継がれるのか、
なぜ世の中が便利になっているにも関わらず人間は変わらないのか(地域にもよる)、
他者は理解できないにしても私自身なぜこのような疑問を抱いてしまうのか、
その答えを求め続けて心理学に興味も持ったのだと思います。
このような疑問を口に出したら変人扱いされるのが経験上目に見えていたので
人には話さず本に答えを求めて数十年後、
この本に出会えて過去の疑問、脳のモヤっとしていた暗闇に光が当たったような気がします。
自分を曲げられずにいるこんな私でも家族などの集団、
大多数に「変」というラベリングをされるとさすがに落ち込みますが
人間はそれぞれ違う思考をしていて主観か客観的かの違いもあるのだから
多くの人から「いいね!」をもらえなくて当たり前。
「嫌われる」
それだけ聞くと衝撃的で大人でもなかなか受け入れ難い言葉、
でも、この本を手に取ったということは「思考を変えたい(柔軟に)」、
「まだ変わることができる!」と思っていたのだと思う。
他者の思考を探ることから自分の思考に焦点を当てたらどんな世界に見えるのか。
今までの経験をひっくり返されるような「劇薬」要素のある内容を少しづつ取り入れていけたらと思います。

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