家庭内の課題=女性のタスクのイメージは令和でも当然のように存在し
昭和生まれ、地方出身の私も今まで違和感を抱いていなかった。
視覚的なタスクが大変なのはもちろん、実際は精神的な部分も多いのではないかと思う。
まず思い浮かんだのが実親+義理の両親へのフォロー。
「嫁」という立場の私からすると具体的には、
母の日、父の日、誕生日のプレゼントを用意したり、定期的な報告などでしょうか。
「なぜそうする必要があるのか?」自問自答してみると、
「そういうものだと思っていた」という答えになる。
私の見てきた母、女性たちは家庭内でそのように振る舞っていて
私も当然そうするべきなのだと思考停止していたのだと思う。
自分も結婚して同じ立場になってから結婚とはそのタスク込みだと思い込み、
夫からそんなにしなくても・・と助言があったにも関わらず
「後で嫌味を言われてしまったらどうするの?!」と内心ヒヤヒヤしていた。
数年経過して俯瞰して見ると、
残念ながらその行動はほぼ相手のためではなく、自分の身を守るため、
集団内での評価を下げられないよう先手を打とうとしていただけの完全自己満足な行動だった。
もし、母を含め親族の女性に「なぜそんなに貢献するのか?」と質問をしたら
私と同じように「当たり前だから」とか、「男性が動かないから」などの返答になるのではないかと憶測する。
「喜んでもらいたいから」といった相手を思っての返答はないのではないだろうか。
①自分がやらなければならない(=女性自身がそれを当たり前と思っている)
②役割を果たせない自分を内心許せない
私自身を含め、①と②を思い込んでいる人も多いのかもしれない。
親族からの「女性はこうであるべき」的圧力はとても苦痛だったけど
今思うと彼女たちも日本の文化の犠牲者であり
(ただし、その生き方を選択したのは本人でもある)
「空気を読む」、「我慢は美徳」といった呪文の根深さを実感します。
時代とともに少しづつ変化していると信じたい気持ちはあるが
まだまだこういった空気が存在するから女性の精神的自由は少ないのではないかと想像してしまう。
それに、自分の家族、妻が本当に困っているならなぜ、男性はその場に出てこないのか。
(女性は助けを求めない?、男性は他人事と思っている?)
「家族全体」の課題ならば家族で、
「個人」の課題なら本人が立ち向かうべきで全て女性が引き受けるのには疑問を感じるのと
「家族」の課題に対して足並みを揃えて挑もうとする夫婦はどれだけいるのだろう。
文化に根付いているとはいえ、
感情を含め現状を説明する、感情から実情を読み取る訓練は互いに必要で
解決の糸口は意外と目の前にあるのではないだろうか。

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